青雪の事

生ぬるく生きてきました。これからもきっとそんな気がします。

管理人です。

今回は管理人こと、山本青雪が今まで生ぬるく生きてきたお話です。

 

大した努力をしてきませんでした。

大きな功績を成し遂げたことはありませんでした。

いつも嫌な事から逃げて、楽な選択肢を選んできました。

 

このブログもそうです。

肝心な部分は曖昧に書いて、主観性だけを取り込んだ歪曲した事実を閲覧者にお届けしています。

ですが、それはわざとそうしているわけではないです。

なぜなら、そのやり方が染みついてしまっているから。

その生ぬるいやり方が今まで否定されてきて来なかったため、結局間違った文章の書き方のまま、記事についての文字を書き起こしてしまってます。

今だってまさに曖昧さと語彙の少なさばかり目立つ駄文を繋げて、何かを表現しようと必死になってキーボードを叩いています。

なまじ「言葉」にしがみついて生きてきたため、管理人自身定期的に言葉を発信しないと爆発しそうになってしまいます。

おかしな話です。

文脈も、文法も、語彙も、言葉の使い方ですら、ままならないような人間がそれでも言葉を使ってなにかしら表現しようとしているその姿のなんと幼く醜いことやら。

「分かりやすい言葉で書くのだからむしろ優れている」

そういってごまかしてきました。

実際は違いました。

誰にとっても読みにくく、書いた自分にすらその真意がわからないような言葉がただ、だらだらと長引く飛行機雲のようにかろうじて繋がっているだけでした。

 

せめて、自分の気持ち、自分の言葉だけは、納得のいくように、完全でありたい。

 

叶いませんね。そんな願いは。

 

言葉すらうまく使えず、自分の感情すら表現できない。

まるで知恵遅れの幼子のようです。

 

しかし、まあ、嘆いていても何も変わりません。

稚拙なものは稚拙なままです。

成長なんかしません。

現状維持なら最高に良いです。

今にも退化を続けているのですから。

生ぬるく生きてきた管理人の言葉には重みもありがたみも何もありません。

ただ、文字の組み合わせ、それだけです。

 

それでも

 

それだからこそ

 

管理人は言葉を繋げていきます。

 

恐らくそれしかできないので。

 

どれだけ言葉を繋げようとも、誰の助けにもならないかもしれない。

それもまた、一つの結果でしょう。

 

しかし、あわよくば

 

管理人の言葉が

 

誰かの背中を押せるのであれば

 

誰かの決断をより良い方向へと導けるのであれば

 

その時が来るまで、言葉をつなぎ続けていたい。

 

その願いにすがりついて、今日もまた、キーボードを叩きます。

ABOUT ME
aoyuki
山本青雪と申します。